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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)11146号 判決 1956年4月30日

原告(反訴被告) 剣重徳子

被告 利川喜造

被告(反訴原告) 上村うめ

主文

東京都大田区調布嶺町二丁目四十六番地所在、家屋番号同町四十六番の五、本造瓦葺平家建居宅一棟建坪五坪七合五勺が原告の所有に属することを確定する。

被告利川喜造は原告に対し、右建物につき東京法務局大森出張所昭和二十六年十月二十三日受附第一三四七〇号をもつてなした所有権保存登記の抹消登記手続をせよ。

被告上村うめは原告に対し、第一項の建物につき右出張所昭和二十九年四月十六日受附第六八四一号をもつてなした昭和二十九年三月二十日の売買による所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

反訴原告の第一次の請求を棄却する。

反訴被告は反訴原告に対し、第一項の建物を収去してその敷地約十坪(第一項の地番にある宅地百十二坪の内道路より向つて右端より間口二間半、奥行四間の範囲)の明渡をせよ。

訴訟費用は本訴反訴を通じてこれを二分し、その一を原告の、その一を被告両名の連帯負担とする。

事実

原告訴訟代理人は本訴につき主文第一乃至第三項同旨及び「訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、

(一)、被告利川喜造は主文第一項の建物につき昭和二十六年十月二十三日、主文第二項の保存登記をなし、被告上村うめは被告利川との間の昭和二十九年三月二十日附売買契約に基き、同年四月十六日右建物につき主文第三項の所有権取得登記をなし現に登記簿上の所有名義人である。

(二)、然しながら右建物は原告の所有に属する。すなわち原告は昭和二十五年八月十四日訴外第一建設工業株式会社との間にこれが新築契約を結び、同年十月上旬略これを完成せしめて引渡を受けその所有権を取得し、原告において畳、建具、水道、天井、ガラス工事等の追加工事をした上で占有使用しているものである。

(三)、よつて原告はその所有権に基き被告等に対し右各登記の抹消登記手続を求める。

と陳述し、被告上村の反訴につき反訴請求棄却の判決を求め、その請求原因に対し、「反訴原告が本件建物につきその主張の所有権取得登記をしたこと、反訴被告が右建物を占有していること及び反訴被告が右建物の敷地約十坪を占有使用していること並びにその範囲が反訴原告主張のとおりであることは認めるが、右建物の所有権が反訴原告にあることは否認する。その他の事実は不知」と答え、被告等の主張に対し、

(イ)、原告は住宅とするために本件建物の建築を訴外会社に請わせその敷地二十坪につき昭和二十五年八月九日、権利金二万円を支払い、同月十四日、建物所有を目的として期間二十年、賃料一ケ月金二十円、六ケ月分前納を内容とする賃貸借契約を締結し、間もなく敷地の賃借人である被告利川に対し、右請負契約及び賃貸借契約を結んだことを告げたところ、同被告は右土地の賃貸借については訴外会社の代表者岩崎彰良こと竹雄に一任してあるから一切同人と交渉、契約すべき旨を回答し、右岩崎を代理人として同被告より原告に対する土地転貸借契約がなされたことを認めたものである。而して原告はこれより先土地所有者である訴外鈴木利文に会い、土地使用の承諾を求めたところ、同人は本件土地を含む百余坪は被告利川に賃貸中であるから同被告の承諾を得られたいと答えて右転貸借につき事前に承諾を与えたものである。

(ロ)、被告利川と訴外会社との間の本件建物所有権移転に関する契約は否認する。仮りに右契約が存在するとしても、被告利川は前記のように本件建物が原告の出金により建築されるものであることを知つていたのであるから、かかる建築を積極的に容認しながら、訴外会社との間の契約において同会社の契約不履行の場合の損害賠償として本件建物の所有権を取得すべきことを約することは、同契約に何等関係のない原告の利益を不当に侵害するものであり従つて善良の風俗に反する無効の契約である。故に被告利川は本件建物の所有権を取得せず、従つて同人より買受けた被告上村もまたその所有権を取得しなかつたものであつて、被告等は原告の登記がないことを主張する正当の利益を持たないものである。

と述べた。<立証省略>

被告利川は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の事実に対し、

(一)の事実は認める。(二)の事実中原告が本件建物の所有権を取得したことは否認する。その他の事実は不知。

被告利川は昭和二十五年六月二十三日、訴外第一建設工業株式会社に対し本件土地を含む百十六坪余の土地の借地権をその地上の建物約十四坪と共に代金三十五万円をもつて譲渡する契約を結び、契約金五千円を受取り、残金は一ケ月以内に支払を受けて建物の所有権移転登記手続をなし且つ土地を引渡すこととし、右期限までに支払がないときは右契約は当然解約となる旨を約したところ、訴外会社は期限までに支払をしないのに拘らず本件建物を含む三棟の建物を建築したので、被告利川は同会社と交渉の末同年八月二十三日、右契約の期限を同月末日と変更し同日までに支払をしないときは建物三棟を損害賠償として被告利川に譲渡すべき旨の合意が成立した。而して訴外会社は同月末日までに残金の支払をしなかつたから、本件建物の所有権は被告利川に帰属したものである。

原告が被告利川に対し訴外会社との間の請負契約及び賃貸借契約を告知し、同被告が土地の転貸借を承認したことは否認する。

と述べた。<立証省略>

被告(反訴原告)上村訴訟代理人は本訴につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の事実に対し、(一)の事実及び(二)の事実中原告が本件建物を占有していることは認めるが、その他の事実は不知と答え、

反訴につき「反訴被告は反訴原告に対し主文第一項の建物の明渡をせよ。訴訟費用は反訴被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、もし右請求が理由ないときは、主文第五項同旨及び「訴訟費用は反訴被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求めると申立て、その請求の原因として、

本件建物は反訴原告が昭和二十九年四月八日被告利川より代金三十万円で買受け同月十六日その所有権取得登記を経たものであるところ、反訴被告は何等の権原なくしてこれを占有使用しているから、所有権に基きその明渡を求める。

もし右建物の所有権が反訴被告に属するものとすれば、同人は何等の権原なくしてその敷地である約十坪(主文第五項記載の部分)を占有して、その土地所有者である訴外鈴木利文の所有権を妨害している。而して原告は昭和二十九年三月一日右鈴木より右土地を含む百十二坪を賃料一ケ月金十五円、毎月二十八日払の約定で賃借しているものであるから、同人に代位し所有権に基き右建物の収去、土地の明渡を求める。

と陳述し、被告利川が本件建物所有権を取得した経過については同被告の主張を援用すると述べ、原告の主張に対し、

原告が被告利川に対し請負契約の成立を告げ、本件土地を転借したことは不知。

本件建物は訴外会社においてその材料工費を全部負担して建築したものであるから、原告が同会社との請負契約により所有権を取得したとしても、一旦その所有権を取得した同会社よりこれを承継取得したものであり、被告利川は訴外会社との間の損害賠償予約に基きその所有権を取得して原告主張の保存登記をした上被告上村にこれを売渡したものである。従つて原告はその所有権取得につき登記を経ていない以上これを被告上村に対して主張し得ないものである。

訴外鈴木利文が原告主張の転貸借を承諾したことは否認する。

と述べた。<立証省略>

理由

一、本訴について

主文第一項の建物について被告利川及び被告上村のためにそれぞれ主文第二項及び第三項の保存登記及び所有権取得登記がなされていることは当事者間に争がない。

而して証人剣重はなの証言、原告本人尋問の結果及びこれらにより成立を認め得る甲第一乃至第六号証によれば、原告は昭和二十五年八月上旬訴外第一建設工業株式会社との間に本件建物の請負契約に関する交渉をなし、同月九日敷地二十坪に対する権利金として金二万円を支払い、同月十四日右二十坪について、賃貸借契約を結ぶと同時に右土地の上に木造セメント瓦葺平家建坪五坪の建物を代金五万円、材料及び工費は訴外会社の負担の約定で十五日間に完成すべき請負契約を締結し、同年九月十八日までに合計金三万八千円を支払つたが、訴外会社は約定期間内に工事を完了せず、原告はその使用開始を急ぐ事情があつたため、未完成部分は自己において施工することとして、同月末頃その引渡を受けて使用を開始し未完成部分の工事を施して本件建物とするに至つたことが認められる。

被告等は、被告利川が昭和二十五年八月二十三日訴外会社との契約に基く損害賠償として同月末日の経過と共に本件建物の所有権を取得したと主張するが、この主張に副う事実の記載ある乙第一、二号証が真正に成立したことを認むべき何等の証拠もないし、又証人剣重はな、原告本人の各供述によれば、被告利川は昭和二十五年八月十日頃原告の母はなの訪問を受け土地賃貸借契約を結んだこと及び訴外会社に建築を請負わせることを告げられたに対し、土地使用のことに関し訴外会社に全部一任してある旨を答えて言外にこれを承認し、原告が本件建物の使用を開始して一年余経過するまで何等自己の所有権を主張せず、その頃に至つて初めて前言をひるがえし、訴外会社が無断で建築したといい、あるいは本件建物の譲渡方を迫り又はその明渡を要求し、又は別に数万円を支払えば敷地の無償使用を許諾すると申向けるなど前後矛盾する行動をとり、一方訴外会社の代表者岩崎も原告に対し本件建物を被告利川か訴外会社がいずれかに譲渡せられたいと申込んだこともあつたことが認められ、これらの事実を考え合せると果して被告利川と訴外会社との間に被告等主張の契約が有効に成立したかどうか及びその結果同被告が真に本件建物の所有権を取得したかどうかも疑わしい。加うるに前記認定の事実関係から考えてみると、昭和二十五年八月二十三日当時においては、被告利川は原告が近く本件土地上に訴外会社をして本件建物を建築せしめてこれに居住することを明白に予見していたのであり、訴外会社との間の従前の契約よりすれば当然解約となつて二ケ月近い日時を経過していながら、その間訴外会社が原告その他の者と建築請負契約を結んで工事に着手する状勢にあることを黙過し、訴外会社の契約の相手方たる原告にも以上の事実を知らせることなく訴外会社のなすがままに任せ、一方同会社とはかかる時期にその主張のような厳重な制裁を附した合意をなしたということになるのであるから、訴外会社が八日の短期間内に三十数万円の支払をしない場合、将来建築せられる建物を被告利川に譲渡する結果として工事代金を支払つた原告その他の注文主に少なからぬ損害を生ぜしめるであろうことを何等意に介せずしてかかる合意をなし、訴外会社もまた期間内にその債務を履行する確信なくして軽々しくこの合意に応じ原告の不測の損害を顧るところがなかつたものといわざるを得ない。このように訴外会社の無責任と被告利川の過大な利益追求と第三者の損害の無視と相まつて成立した合意の如きは、少なくとも原告との関係においてはその効果を主張し得ない不当の契約であり、原告の主張するとおり善良の風俗に反する無効の合意といわざるを得ない。

以上いずれの観点よりするも、被告利川は何等本件建物の所有権を取得することのなかつたものであり、従つて同人よりこれを買受けた被告上村もまたその所有権を取得するに由なきものであるから、原告はその所有権取得につき登記を経由することなくしてこれを被告両名に対し主張し得べく、被告等は原告の登記なきことを主張する正当の利益がないといわねばならない。従つて被告等のための前記各登記は原告の本件建物に対する所有権行使を妨害するものとしてこれを抹消すべき義務があり、原告の本訴請求は全部正当である。

二、反訴について

本件建物を原告が占有使用していることは反訴当事者間に争がないが、その所有権が反訴原告に属せず却つて反訴被告に属することは前段認定のとおりであるから、反訴原告の第一項の請求は理由がない。

よつてその予備的請求につき案ずるに、本件建物が反訴被告の所有に属することは前認定のとおりであり、証人鈴木利文の証言及びこれにより成立を認め得べき丙第二、第三号証によれば、本件建物の敷地を含む約百十二坪は右鈴本利文の所有地であり、昭和二十九年三月一日附契約により反訴原告に対しその主張の約旨で賃貸せられたものであることが認められる。而して反訴被告は本件建物の敷地約十坪(その範囲が主文第五項のとおりであることは当事者間に争がない。)につき反訴被告と被告利川との間に転貸借契約が成立し、鈴木利文の承諾を得たと主張するが右承諾があつた事実を確認するに足る証拠がない。証人剣重はなの証言中には、建物完成後鈴木と面会した際同人が「建ててしまつたものは仕方がない。岩崎に話してみよう。云々」と言明した旨及び「地代の額は決められないから貯金しておくように」といつた旨の供述があるが、この供述のみでは証人鈴木利文の証言並びに前記認定の反訴原告との賃貸借契約成立の事実、被告利川及訴外会社代表者岩崎の行動等に照して、鈴木が転貸借契約に対し承諾を与えたものとは解し難く、むしろ同人は自己の知らない間に右三名間に生じた複雑な関係を聞知しその態度決定を留保したものと解するのが妥当であり、その後同人が前記のような承諾を与えたことを認むべき証拠は何等存在しないのであるから、結局反訴被告の右主張は採用し難い。

従つて反訴被告は何等の権原なくして所有者鈴木の土地約十坪を占有し地上に本件建物を所有して同人の土地所有権行使を妨害していることとなり、同人に対し本件土地建物を収去して敷地約十坪を明渡すべき義務があるものというべく、鈴木より本件土地を賃借した反訴原告は同人に対する土地使用請求権に基き同人に代位してその妨害排除請求権を行使し得ることは論をまたないところであるから、反訴原告の予備的請求は正当である。

三、結論

以上判断したとおり、原告の本訴請求は全部正当であるからこれを認容し、反訴原告の請求中第一項の請求は失当としてこれを棄却し、予備的請求は正当であるからこれを認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。なお反訴原告の求める仮執行の宣言は本件事案の事実関係に鑑み適切でないと考えられるのでその申立を却下する。

(裁判官 近藤完爾)

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